
御茶屋御殿復元期成会
会 長 佐久本 武
ようこそ御茶屋御殿期成会のホームページへお越し下さいました。
復元を楽しみにしておられる皆さまには、当期成会のホームページの扉をノックして頂き、大変嬉しく思います。扉を開けお迎えし、下記の内容で御殿に関するご説明を致します。
尚貞王代の1682年に築造された御茶屋御殿は、中国名を「東苑」と称し、冊封使や在番奉行を歓待した美わしき「琉球國」の迎賓館で、琉球文化の発祥の地でもありました。首里城で正式に会見した使節を案内し歓待しました。その際の料理は、首里城の料理座から運ばれ首里城と一体となって外交が行われました。
また、御茶屋御殿は、宮廷文化を担う人々の芸能を鍛える所であり、その道の第一人者の技を発表させて文化を奨励する所でありました。国王が独占することなく、一般庶民にも広く公開した民主的な文化の殿堂でもありました。
この様に重要な役割を果たした御茶屋御殿でしたが、今次の大戦で地上部分は破壊されて無くなりました。そこで、平成12年度から発掘調査が始まりました。
平成19年度には内閣府(沖縄総合事務局)と沖縄県・那覇市の三者で「ワーキンググループ」が設立され、御茶屋御殿の問題解決に当たることになりました。
平成28年1月上旬、那覇市は「御茶屋御殿の文化財登録に向けて調査費」を計上致しました。同年8月には、御茶屋御殿跡地に残存する石垣部分の写真撮影・測量調査等を行い文化財登録に向けて業務が開始されました。
尚、平成29年3月には、那覇市議会に於いて「日本復帰50周年に向けて、琉球王朝文化の殿堂「御茶屋御殿」の早期復元を求める意見書」が党派を超え全会一致で採択されました。 令和4年1月には県費予算で5百万円の「調査費」が予算計上され、令和5年度に復元に向けた3パターンの調査を(株)国建に発注しています。
御茶屋御殿の復元に向けていよいよ事態が動き出し、会員一同大変喜んでいます。これもひとえに、復元を待望する皆様方のご支援の賜物と厚くお礼申し上げます。
しかしながら現下、復元に向けての機運の盛り上がりは、まだまだの状況であります。会員をはじめ、多くの方々がこのホームページにアクセスいただき、復元に向けて国内外に『ひやみかち fight ❤』の精神で情報発信し、機運を盛り上げて行ければ幸甚です。
今後とも一層のご支援を宜しくお願い申し上げます。